MENU
about-buddha-statue_02

木像 日蓮大聖人座像

江戸時代 像高93糎
右手に笏、左手に経巻を持たれ、口を開けておられる説法像は非常に珍しい。
上半裸身で乳首があり、裙をまとわれている。
背面の腰部に矩形矩の穴があり、そこから胎内に将軍の御骨を納めたと伝わる。実物の袈裟・法衣を召されている。

【寺伝】元鼠山感応寺奉安の祖師像
感応寺は池上本門寺第四十八世日萬上人の請により、将軍家斉公の代に幕府が施主となり雑司が谷鼠山に建立された雄大で壮美な大伽藍。
家斉公死去により廃寺取り壊しとなり、御尊像は本門寺・妙本寺を御渡られたのち御縁あって当山で感得奉安したものである。

金剛 釈迦如来座像

唐代貞観19年(645年) 像高17.5糎
螺髪は鋳造されておらず、禅定印を結ぶ。
金工の蓮華座は江戸時代の製作で、各部に分解できる極めて精巧な造り。像背面刻銘あり。

【寺伝】寺称 閻浮檀金釈迦如来像
下関赤間ケ渕の海中より出現の金像で、日達上人の外護者で領主原田氏より寄進されたもの。

金剛 釈迦如来坐像

江戸時代(1653年) 総高18糎
上記釈迦如来像の前立仏。禅定印を結ぶ。
蓮華座の各部を分解できる江戸時代の優秀な金工技術によるもの。像背面刻銘あり。

【寺伝】
中興開山日達聖人が前立仏として造立。

木造 三宝本尊

江戸時代(1830年) 総高77.3糎
釈迦如来・多宝如来は通常の合掌坐像だが、髪を結い上げた菩薩形は珍しい。

【寺伝】
当山過去帳に寄進者等の記帳あり。

木造 恵比寿神半跏像

江戸時代 像高30糎
福相で合掌、鯛は持たない。
台座裏墨書銘に日教(花押)とあることから、日教上人が造らせたと見られる。

木造 鬼形鬼子母神像

昭和時代 日蓮宗大荒行堂入行像 総高34糧
木造一本造り。

【寺伝】
第五十二世日康が、日蓮宗大荒行堂入行に際し作成。五十三世日誠も遠壽院大荒行堂に持参、日本にある2つの日蓮宗大荒行堂両所に勧請回向された像。
鬼子母神は、人の子を食らう鬼であったが、釈尊に教化され法華経護持の者を救う神となって法華経に登場する。

木造 熱田大明神立像

頭部…中国時代 躰部…江戸時代 総高34糎
三十番神の一、独尊は珍しい。
左手に団扇を持ち中国道教風の着衣。頭部は陶製と珍しく、冠の形や独自の目鼻立ちなどから中国製。背面墨書銘に日教(花押)とあることから、躰部は日教上人が造らせたと見られる。
第五世日教上人は1718年寂。

【寺伝】
頭部は当山より出土。夜間この頭部が光り、ここから夜光寺と言われたと伝わる。

木造 大黒天立像

江戸時代(1839年) 像高43.5糎
黒塗り。像底部墨書銘あり。

【寺伝】
三浦宮田の実相寺住職日龍上人が彫刻した尊形を、十如院日松上人が譲り受け当山に勧請したもの。

木造 馬頭観世音菩薩半跏像

室町時代 総高95糎
木造。像高88センチ

【寺伝】
江戸時代に寄進された客仏。六観音の中で唯一忿怒相をとる馬頭観音は鎌倉ではめずらしい。

木造 聖徳太子立像

江戸時代 像高34.5糎
二歳南無仏像。
室町風の引き締まりが感じられるが、着衣から江戸時代前半頃。

木造青面金剛立像

年齢不詳 総高53.7糎
三目八臂の憤怒像で、蛇を巻きドクロ装飾がある。桃山期前後か。

木造 稲荷明神騎像

江戸時代 像高10糎
狐に乗り、右手に鎌、左肩に稲を担ぐ。

© 2017 日蓮宗 大乗山 薬王寺